会場のご紹介~生田神社物語~

(この記事は日本フォーカシング協会ニュースレター第19巻3号に掲載された筒井優介著「生田神社物語」を加筆し改定したものです。)

生田神社の由緒・歴史

アジア・フォーカシング国際会議は、第1回の日本での開催が出発となります。会場となるのは、兵庫県神戸市にある生田神社会館です。ここでは、生田神社の歴史についてご紹介いたします(生田神社ホームページなどを参考にさせていただきました)。

生田神社の歴史は古く、『日本書紀』には神功皇后(じんぐうこうごう)元年(西暦201年)の創建と記されています。当時、神功皇后が遠征に行った折、その帰途で船が動かなくなってしまいました。武庫の港(現在の神戸港)で神占を行ったところ、稚日女尊(わかひるめのみこと)が現れ、「私は活田長狭国(いくたながをのくに)に居りたい」と申されたため、海上五十狭茅(うながみのいさち)という者を神主として祀ったことが始まりだと言われています。伝説の真偽は不明ですが、いずれにせよ、生田神社が大変に古い歴史を持った神社であることは確かです。

神社ができると、毎年三韓より使節が来訪したそうです。そして、新羅から来朝した客人に対して、生田神社で醸造した神酒を振舞って慰労の宴を催していたことが伝えられています。神酒は心身共に清々しくさせ、心を和ませるといった平和外交上重要な役目を担っていたとされています。P1020478

生田神社は、創建当初は現在の布引山に祀られていましたが、延暦18年(西暦799年)の洪水で、現在の生田の森に遷ったとされています。また、神戸という地名は生田神社の神職が神社の周辺の社領に住んだことが由来と言われています。神職の家を「神戸(かんべ)」と呼び、この「かんべ」が現在の「こうべ」になったそうです。

 

稚日女尊について

生田神社で祀られている稚日女尊は、「稚く瑞々しい日の女神」という意味です。生田神社によると、「稚日女尊は国民の生活の豊になる様、一般の方は基より各企業、団体様の更なる繁栄とご健康また諸々の災いがなく家庭生活をお守り下さる」というご神徳があるそうです。ikuta

また、稚日女尊は機殿(はたどの)で神服を織っていたといわれています。「糸を合わせながら織り成す」ことが「人と人との縁を結ぶ」と掛けられて、縁結びの神として信仰されています。戦前より家運隆昌夫婦円満のご神徳を戴こうと、神前結婚の式典が執り行われており、毎年数百組がこの地で式典を行っているとのことです。

生田神社で開催されるアジア・フォーカシング国際会議を機に、人と人の縁が結ばれ、それらが織り成されていく。そうした人々の交差(crossing)によってOne Asia Focusersになっていくことを期待しています。

恋愛成就のパワースポット

生田神社の境内南側、二の鳥居を入って右側に、松尾神社があります。こちらは酒造の神様であり、前述の神酒である「灘の酒造り」の起源であるとも言われています。松尾神社の赤い小さな祠の脇に大きな杉の木がそびえています。その木に向かい、心を落ち着けて恋愛成就を祈願すると叶うと言い伝えられています。真っ直ぐそびえ立つ杉の木の下で縁結びを願うことにより、「これまで心に秘めたる願いがまっすぐと清浄に成長し、実らせる」とされています。高確率で願いが叶うと専ら評判で、お正月になると女性の参拝客が多く訪れます。

また、生田神社では「縁結びの水占い(水みくじ)」や「縁結びのご祈祷」も行われています。アジアのフォーカサーがひとつになるために、糸を合わせて織っていく、正にパワースポットだと言えるでしょう。

(筒井優介)

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